1. HOME
  2. ブログ
  3. ワインバトラー・ハーヴィ
  4. 第1回:「ワインバトラー・ハーヴィ登場!」

BLOG

ブログ

ワインバトラー・ハーヴィ

第1回:「ワインバトラー・ハーヴィ登場!」

2021年も4月になり新たな年度を迎える事になりました。さてこの度は当ブログに連載を掲載する運びになりました「ワインバトラー・ハーヴィ」の初稿になります。

私は以前、東京の一等地にあるシティーホテルにソムリエとして約24年勤務していました。ソムリエと言うとその頃、私が24歳の頃、今から35年位前になりますが)ソムリエと言うのは今日ほど世間の方達に認知されていませんでした。「ソムリエって何?」という方が多くいました。今では、ソムリエはワインサービスの専門家として認知され、更には「ソムリエ」という単語?が独立して「専門家」の意味を持ち「野菜ソムリエ」とか「温泉ソムリエ」とか○○の専門家として頻繁に使われるようになりました。さて、当時は、それでも殆ど認知されませんでしたので、特にホテル業界ではソムリエというのはフランス料理のお店で何やら怪しげなキラキラ光る銀のお皿のようなカップをぶらぶらぶら下げて黒いエプロンに胸には銀や金のブドウのバッジをしていてワインの給仕を専門にするスタッフとして存在していましたが、いで立ちからして何をするスタッフかゲストの目から見て良く分からないと思われていたことが多かったようです。現に、私の両親が私の働く姿を見て、父が「お前はチンドン屋か?」と私に言ったのを今でも思い出します。ではそんな世間から余り認知されていない職業を何で私が選んだのかという原点から順を追ってお話させて頂ければと思いますので宜しくお願いいたします。

私は大学生の頃、埼玉県川口市に住んでいました。しかし大学は横浜にありましたので入学してから半年の通学定期を買いましたが通学時間が片道2時間30分かかりましたので嫌気がさし、大学の近くに部屋を借りる事にしました。2万3千円で3畳の部屋を間借りして朝食が一食と週に1回のお風呂が付いているお部屋でした。これをお読みになっている方は、何だかよく把握できないと思います。実はこの間借りというのは、老夫婦が一軒家を持ち、その夫婦の娘さんが二人いたのですが、もう嫁いで二人のお部屋を使わなくなったので、学生にその娘さん達が使っていたお部屋を食事とお風呂付で貸し出したのです。但しお部屋は6畳、4畳半、3畳とあり、元々3畳の部屋は物置にしていたのですが 6畳、4畳半は先輩達が借りていたので3畳しか空きが無く、机が置けて布団が引くことが出来ればよいと思い、交渉しましたら借りることが出来ました。お風呂は週に1回というのは、その頃、その老夫妻は何処にも行かないし何か特別なことをしている訳ではないので娘さん達も帰省しないのでお風呂には週に一度しか入らないので、つまり沸かさないので私達間借り人も入れなかったということです。

しかしこれは新陳代謝の良い若者には結構辛かったというのが本音です。特に夏はクーラーもない3畳の部屋は地獄でしたし汗だらけで息も荒く寝付けないので困りました。大概は近所の銭湯に行くことが多かったのですがそれでも夏の暑い日中では耐え切れず近くに大きな岸根公園(今でもありますが・・・)そこの水飲み場に行ってバスボンのシャンプー?と石鹸で、人が来ないのを見計らって頭と体を洗いました。今では信じられないと思いますが事実なんです。

又若いうちは育ち盛りですからお腹も減ります。でも外食するほどの経済的な余裕もありませんでしたし今の様に比較的安価なファーストフード店なんてありませんから、カップラーメンの安いやつを大量に買っておいて食べていましたが、カップラーメンというのは面白いもので、不思議とどんなにお腹が空いても2個は食べられませんでした。そこで、余りに惨めだったのでお風呂があるアルバイトと食事があるアルバイトってないかなぁ?と思った訳です。(伝え忘れましたが、私は家から出るときには親にいい顔をされなかったので、仕送りとして毎月2万円しか貰えなかったので、当然、間借りにしても賃貸にしても到底その金額では賄えなかったからです。)

そういう時に限って、お風呂付のアルバイトってあるんですね、人生って面白いものです。それは神奈川県立青少年センターという所の夜警監視官を募集していて職員が退館した後、警備と電話番を兼ねた夜警の仕事で、一晩泊まって博物館エリアや劇場エリアを見回った後、ボイラー室に電話交換機と宿直室がありますのでそこで待機をする仕事でしたが、仮眠部屋とお風呂が付いていました。そして一泊夜警をして、2千3百円が貰えました。当時は6人くらいのバイトのローテーションでしたが違う学校の大学の学生もいて友達になりましたので、もう、自分が夜警しない時もお風呂が目当てで入浴に行ったりもして重宝しました。後は食のことが解決すればよいので、レストラン賄いつきのアルバイトをしました。単純です。

さてこれから徐々にまずは私の経歴をご紹介していきますので楽しみにしていてください。こんな難儀をしていた私がソムリエとなり現在の政治家やビップのサービスを担当しやがてホテルの専門学校で教鞭をとったり、ホテルのマネジメントをやるようになるまでをご紹介して行きます。

初回なのでワインバトラー・ハーヴィの命名の由来ですが、昔はソムリエの事をホテルではワインバトラーとかワインスチュワードと呼んでいました。又ハーヴィは、アメリカの人気テレビドラマ「スーツ」のハーヴィ・スペクターから取りました。「スーツ」はまだ完結まで見ていませんがハーヴィの生き方に最近、共感することが多いのでそこからとりました。

では次回、お会い致しましょう。

by 🍷バトラーハーヴィ

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


関連記事