1. HOME
  2. ブログ
  3. ワインバトラー・ハーヴィ
  4. 第10回:「脱皮」

BLOG

ブログ

ワインバトラー・ハーヴィ

第10回:「脱皮」

第10回:「脱皮」

ホテルというところは、職場としては面白いところです。何故かと言うと、扱う対象となるのが、人、人間だからです。ゲストを中心に人と人がすれ違う場所でもあり、出会うところでもあります。

しかしながら、ゲストと相対する時間的な長さから言うと、レストランやバーで働く方達の方が圧倒的に長いのは事実であります。ホテルマンというと、憧れはフロントですが、フロントはチェックインとチェックアウトの短い時間の中での会話になります。レストランはゲストが食事をしている時はずっといますから、そういう意味では長いですよね。

フロントの方も、その短い時間のやり取りの中でゲストと揉めてしまうと大変なことになります。笑顔がないとか、パソコンを確認しながら会話するので、目も合わせないとか、時間がかかるとか、不満を抱かせたならば、ホテル全体の印象が悪くなりますし、責任者出てこい!となるともう大変です。

ところで、「責任者出てこい!」と言われた時、ホテルの総支配人が最高責任者になるわけですが、総支配人は絶対に出てこないことをごご存知でしょうか?フロントでこうなった場合、フロント支配人が出てきて謝罪となり、それ以上は刑事事件のような事柄にならない限り絶対に出てきません。

レストランならば、料飲支配人が対応します。レストランの場合、ゲストの滞在時間が長いので、もし、ゲストからのコンプレインが発生した場合、変な意味、挽回する時間が長いので、そのチャンスは充分あるわけですね。夜中の時間帯ですとアシスタントマネージャーという方が対応致します。

コンプレインというのは以前にもお話し致しましたが、ゲストの不満苦情のことですね。往々にしてありますが、その主たる原因は、スタッフの対応にあります。先ほどにも記しましたが、ゲストも人間なら、スタッフも人間なのです。人間のすることですから、やはり完璧ということはありません。そういった面では楽しみもありますが、怖い部分と表裏一体なのです。

私にも若い頃があり、特に20代後半の頃は、ソムリエコンクールに入賞した実績もあり、ゲストに対しても少し高飛車だった様に思います。その頃は、ソムリエは普通のギャルソンに比べて色々な意味で優遇されていました。と言うのも今はソムリエと言えホールのウエーターの仕事やら、会計の仕事もやらなければいけませんが、その頃は完全に分業されていましたから、ソムリエは純粋にワインの仕事しかしませんでした。

その事でゲストを怒らせたことも度々ありました。ワインを注文しないゲストとは話もしませんでしたし、今思い起こすと生意気で慢心していたと思います。しかしながら、休みは常に朝から夕方まで図書館の自習室に籠りっきりで勉強していましたので、ワインのことなら何でも聞いてみろ!みたいな頭でっかちだったようですね。20代の後半までそんな生活でした。(独身でしたし)

ですが30歳を契機に家族のことである事件があり、悩んでいた頃、行き場のない自分が不思議な縁で、導かれる様にある方と出会いました。現在では故人となってしまいましたが、その方に助けて頂きました。

人と言うのは30代が大体の節目で、凡そ、その人なりの人格が出来上がるかと思われます。而立の30代、不惑の40代とも言うように、考え方や見方が出来上がってしまうのでしょう。

また一方でしっかりしたものの見方、回りの環境と調和がとれた考え方を自己の中に確立していれば問題はありませんが、職業的にはソムリエのみに集中しのめり込み、社会人としてはやや孤立したバイアス的な見方に片寄っていた私を正しい方向へとベクトル変え、自我の平衡を保つことを教えて頂きました。

長年の悩みが雲散霧消するがごとくの出来事でした。生きながら生まれ変わるという大切な宝物を頂きました。まるである生き物が脱皮するような、又は仏教の言葉を借りるならば、解脱と言うのでしょうか、そんな感じです。

セミに例えるならば、サナギの状態からセミになる“脱皮”の時を思い浮かべて下さい。サナギから脱皮するまでの間、じっとしていなければなりません。その間、他の動物から身を守ることも出来ず自由に羽ばたくまでひたすら時期を待つのです。

そういう意味では、脱皮とは、即ち、命がけということになりますね。人間も同じと、その方(仙人と呼びますね。)は教えてくれました。人も成長の過程に於いて、死んでしまいたいような事は3回位ある。

でもそれを乗り越えて成長するものだし、その様な窮状に陥っても必ず解決出来るようになっている世の中なのだと教えてくれました。脱皮はある意味、成長でもあり、解脱でもあり、悟りでもあるのだと。命がけでじっとしているのは、じっとしている事ではなく、人間に置き換えると、正しい理に叶ったことを黙々と継続することになります。少し分かりにくいですかね。

では、イチロー選手を例にとってお話しを進めます。私の家内はプロ野球ニュースの2軍の現場を回ってレポートをしていた時期があります。

昼間、練習している時は、当時、ヘラヘラした感じで普通にしかみえなかったそうです。しかしながら夜、皆さんが帰った頃にこっそり戻り、黙々と打撃練習を明け方までしていたそうです。今でこそ、メジャーリーグで大活躍して色々なライターさんがイチロー語録を出版していますが、その中にも、メジャーリーグの試合が終わると、自宅に戻り食事の前まで素振りをし、また、食事が終わるとマッサージをするのが日課だそうです。

彼にとってみれば毎日が真剣勝負であり、大げさかも知れませんが何十年と繰り返されるこの練習とメンテナンスの日々が脱皮の準備期間であり、大きく高い極みの世界に羽ばたく解脱なのかも知れません。オフシーズンは身体を休める等という時代では無くなっていることを既に何十年も前から知っていたのでしょう。

スポーツ選手は主に練習や試合を通して人生を学ぶ事が出来ますが私たちはどうでしょうか?仙人は教えてくれました。山の中に籠ったり、滝に打たれたり、座禅をしたりしても、山の仙人には成れません。天地達観し悟ることもできません。

人は世の中に出る。世の中には嫌味を言う上司もいれば足を引っ張る部下もいる。嫁さんに行けば、鬼のような姑もいるかも知れない。そう言った人間関係の難しいところを通って色々学んで、町の仙人になる、そしてさらに付け加えるならば、人生の大学生となるのだよと。簡単な人世なら誰でも通ってこられる。

蝶よ、花よ、と大切にされ何不自由なく送れる人生なら小学生でも出来る。君は人生の大学生になりたいか小学生になりたいかどっちなの?と。サービス業界は人と人とのふれあいの場。

でも対応の難しい人とそうでない人と玉石混淆の中で、どれだけ温良恭倹に対処できるか、格となるコンピタンスをもち日々の精進に励みたいと思います。悩み?沢山悩んで下さい。

by ハーヴィ

 

 

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


関連記事