1. HOME
  2. ブログ
  3. ワインバトラー・ハーヴィ
  4. 第18回:「パワハラ、モラハラ、今昔」

BLOG

ブログ

ワインバトラー・ハーヴィ

第18回:「パワハラ、モラハラ、今昔」

社会人となって30年以上が経過しましたが、その間、色々な上司にあたる人達を見て来ました。現在も上司はおりますが、私の様な年齢になると、今は、上司は社長とか取締役とかそんな方達ですが、若いころから現在を振り返って見ますと、今になって感慨深いものがあります。

一番初めの上司(●●●ホテル横浜 ダイニング アシスタントマネージャーK氏)

横浜のホテルに社会人一年生として配属された時の上司で、一番、私の嫌いな上司でした。(今でも嫌いです!(笑))仕事は普通に出来ましたが、その当時、東京の有名なホテルからの引き抜きで異動してきた人達が沢山おり、その中の一人でした。

彼はホテルオークラのメインダイニングの「ラ・ベル・エポック」の出身で、配膳でコミウエーター(ただのウエター)をやっていましたが、当時の課長がオークラでキャプテン(主任)兼ソムリエをして、そこから移籍したので彼の息がかかった人間ということで、横浜のホテルに移って来ました。

しかし配膳というのは正社員ではなく簡単に言えばウエーターやウエイトレスのアルバイトですから不安定な職種です。専属という場合もありましたが、今でいうフリーランスみたいな感じですかね。ただ、横浜で働いていた皆さんは極一部の人しか知りませんから、「あ~エポックにいたのなら相当知識もあるんだな!」みたいな雰囲気は醸し出していましたから、一目を置いていたかも知れません。

でも、一緒に働いているとプロトコールも出鱈目でしたし、何しろ笑顔がない方でした。私がこの方の下で働いていた時、徹底して言われたのが「おまえ、ヘラヘラしてんじゃねーよ!」でした。今でもそうですが、私はこの方の影響を強く受けて育ちましたので、余り笑顔は作れない体質になっていました。

パワハラなんか当たり前の時代でしたから、本当に物凄かったです。
当時、私の同期の人間が遅刻の常習犯でよく遅刻をしていたのですが、前日、深酒したらしく起きられないという状況で(当時は二日酔いでも当たり前のように仕事をしていた。)休むということになり欠員が出ました。

そうしましたらこのK氏が、休みだった私のところに、電話してきて「今日、Yが休んじゃったんだ!」と言って電話を切りました。普通なら、「今日は、Yが休んじゃったんだけど、良かったら出勤できる?」って聞くと思うのですが、たった一言、「今日、Yが休んじゃったんだ!」と言って電話を切る。

普通なら行かないと思いますが、「あ~、人が足りないんだな!仕方ないな!」と思い、出勤する訳であります。そうしますと、K氏は、「やっぱ、お前なら来ると思ったよ!どうせ暇だろ!」って一言。休みは振替で頂けましたが、こんな乱暴な人のマネジメントが許されていた時代でした。こいつ(Kのこと)いつか殺してやる!と憎悪?を燃やした時期もありました。

でも、そんな人でも優しい面はあるのか?とも思い、良いところを見つけようにも一向に見当たりません。K氏から見習うことは何もありませんでした。

そんな私を不憫に思ってくれて色々教えてくれたのが先輩のS氏でした。彼はソムリエコンクールの入賞履歴もあり、知識も充分でサービスが綺麗でした。そして何しろサービスが早い。どんどん片づけて行く。売上や原価管理も優れていて憧れの先輩でした。

そうなれば必然、S先輩に接近して仕事をするようになります。しかしK氏は、これを見逃しません。以前にも申し上げましたが、レストランでは先輩とタッグを組んで仕事にあたる訳ですから、「今日は、お前は俺と組む」と言って無理やりK氏と組むことになります。忙しいレストランでしたので、仕事は臨機応変に進めないと23時には終わりません。

K氏はオークラ流ですからこだわりが沢山あって、このやり方と決めたら絶対そのやり方しか許しません。終わらないと裏に行って蹴られます。すれ違いざまにボディーブローを入れられたこともありました。機嫌が悪いと、直ぐに八つ当たりもされました。兎に角、私には言い易かったのかも知れません。他のスタッフには何らそうした行為は見せませんが、私には激しかったのは記憶から消せません。

何もしていないのにある時は「俺はお前なんかより早く出世するんだからなめんじゃねーぞ!」とか訳わからないことを突然言い出す始末なので手に負えませんでした。
約1年が過ぎたとき、仕事にも随分慣れましたが、ハッと気がつきました。それは、この仕事、つまりサービス業とは色々な形態があるけれど、基本さえ覚えてしまえば、あとはそんなに違いは無いかも知れないと。

料理も勉強すれば直ぐに覚えます。サービスもしかり。あとは職場の人間関係と勤務する人間の心掛けが違うだけと。向上心をもって業務にあたることとデイリー業務をこなしているだけの作業とは違う。Kさんは全く後者のタイプ。Sさんは前者のタイプ。簡単に割りきれました。Sさんはワインの知識に長け、常にワインの本を持って歩いていました。

Kさんは仕事が終わると中華街の場末の飲み屋に通って一日の疲れを癒していました。

Sさんは売上を分析し理論武装をいつも考えていました。Kさんは行き当たりばったりでハッタリばかりかましていました。

Sさんはゲストから良くお褒めの言葉を貰っていました。Kさんはゲストからクレームを頂くと、程度にもよりますが直ぐに土下座し、しかし裏に行くと、「これで済んじゃうからいいんだよ、こんなもんだよ」と言ってベロを出していました。

私はKさんと接していくうちに、こんな人とは働きたくない、こんな人間にはなりたくないと感じ始めました。それもソムリエを目指すキッカケになったのかも知れません。
皆さんの周りにはこんな方はいないでしょう。今から30年以上前のお話なので現在とは比較できないかも知れませんね。

反対にあれから30年以上が経過し、現在では海外から多くのゲストがいらっしゃいますし、都内のホテルは伝統の帝国、ニューオータニ、オークラ以外は外資系が増えて来ました。ウエーターの世界も、デイリーワーク以外でも語学力が必要な時代となり、勉強しないと、気合いとか根性とか挨拶とかだけでは通用しない、上に上がって行けない環境になりましたね。

マーケティングや企画力も求められます。行き当たりばったりのサービスだけでは、次々にできるレストランやホテルにお客様は移動してしまいます。美味しい料理を作ればお客様が来ると思ったら大間違いです。美味しい料理を提供するところは沢山あるのですから。また良いサービスを提供するところも選り取りみどりです。

ソムリエもしかりです。

コンクールで優勝したソムリエがいても、一時はゲストが来ますが、マネジメントができなければ経営は苦しいでしょう。

コンクールで優勝したソムリエがシェフソムリエとなり、又いつも上位入賞していたソムリエが総支配人となり、あるフランスの三ツ星のレストランと超有名な化粧品会社がコラボして作ったレストランもやがて売上低迷し、彼らは辞めて行きました。

お店は潰れてはいませんが、コンクールで優勝したソムリエがいてもあまり結果が出ないと、コンクールで優勝したソムリエに経営能力がないということですから、ワインの知識があることと運営能力が比例していないことになります。

しかしながらソムリエという職業は臨機応変さを常に意識しており、料理とワイン、現地情報等を巧み言葉の中に織り込み解説しますから、こちらの方面の観点からみると「素晴らしいソムリエ=経営力に長けたソムリエ」に見えてしまうのです。
例えば、クリスマスが終わったらもうお正月の準備が出来ていないといけません。

つまり、クリスマスの企画をする時にすでにもうお正月の企画も立て終わっていないといけないことになります。このことができるソムリエは余り多いとは言えません。
従って、ソムリエを雇うときは慎重になったほうが良いとレストランのオーナー様になりたい方にはお知らせしておきます。

ただ雇われる方のソムリエも考えていて、フリーランス契約にして、店舗の売上がその著名な方の力量と連動しないよう上手く複数店舗と契約するスタイルを必ずとりますので、これも覚えて置くと良いかも知れません。

つまり有名なソムリエを雇ったからと言っても過度な期待はしないことです。
私見ですが、今現在勤務している職場が自身をソムリエとして育ててくれたと心から感じているならば、そのソムリエはその職場のために恩義を感じ、そこから離れることはしないでしょう。そういったソムリエさんも実際いますよ。

もちろん、世界的に有名なソムリエで店を成功させている方もいますがほんの一握りです。
私は訳あって現在ではソムリエを本業とはしてはいない、というより本業8、ソムリエ2くらいの割合で勤務しています。どのスタイルを選ぶのは個人の自由ですので何も肯定、否定は致しません。

ちょっと脱線しましたが『上司シリーズ』は次回も続きます。
K氏は今どうしているのでしょうか?憎んでませんよ!嫌いですけど。(笑)

by ハーヴィ

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


関連記事