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ワインバトラー・ハーヴィ

第7回:「初任給と新社会人生活」

第7回:「初任給と新社会人生活」

私が大学を卒業してから入社したのは、横浜の山下公園の前にある170室程の小さなホテルでした。学生の頃、飲食店でアルバイトをしていた時に「ソムリエ」という職業があることを知り、「ソムリエ」になりたくて、ここのホテルに入社しました。もちろん他のホテルも受けたのですがここしか受からずというか、縁あってここに決まった訳であります。経緯は前号までを読んで下さいね。

ホテルの13階には船の名前をとったレストランがあり約120席は常に満席でした。その頃は未だみなとみらいは出来ておらず、横浜のホテルは老舗のニューグランドと、五木ひろしの歌「横浜たそがれ」の舞台になったバンドーホテルがあり、私の入社したホテルと合わせると、この3軒しか無かったので、30年前としては自分が勤務していたホテルが新しいホテルで人気が高かったのです。

オリエンテーションで基礎を学び、フロントなども研修し、愈々、配属の発表となりました。私は希望通り、13階のメインダイニングの配属となりました。もちろんすぐにソムリエということではなく、ウエーター(ギャルソン)として働き始めました。フランス料理のお店でしたので、マニュアルはあるものの新入社員用というのも特になく、配属されてから右も左も分からず、すぐに実戦で放り出された感じでした。

16時45分にミーティングがあり、日替わりの魚料理とコンソメの浮き身をそこで伝えるのが新入社員の仕事の一部だったのですが、シェフに聞きに行くと、「ポワソン・ド・ジュール(今日の魚料理)は、チュルボーのポッシェ、カンカル風、コンソメの浮き身はエイルロン。」と言われました。私は新入社員でしたので、素直に「すみません!分からないので教えて下さい。」と言いましたら、「調べて分からんなら教えてやる!調べもしないで教えてくれなど、ふざけるな!」と言われました。

一期上の先輩に相談しましたら、「誰でも最初はそうだから。まぁ洗礼みたいなもんだから。」と言ってその日は教えてくれました。*ちなみに上記の料理は「ヒラメを軽くブイヨンで煮て、白ワインと魚のだし汁(フュメドポアソン)と合わせたソースに牡蠣のエキスを入れたものをかけて、サラマンダーで焼き色を付けた料理です。コンソメの浮き身のエイルロンは鶏の手羽先の小さいものがコンソメの中にアクセントとして入ります。

そして後日、フランス料理を志す人間が必ず手元に持つという「レペトワール」という料理用語辞典を買い勉強しました。それでもフランス料理のウエーターと呼べるまでに至るには1年以上はかかりました。辛いというよりは、早く仕事を覚えたい、一人前になりたいという気持ちと、ソムリエになる前にここで挫折するわけには行かないという強い意志があったので続いたのかと思います。

また金銭的な問題もありました。ここのレストランはシフトが固定で、14時の出勤で残業が全くつかなかったので、当時の給料も高い訳ではありませんから、手取りで10万円いくかいかないかの世界でした。家賃は5万円。水光熱を入れて引き算したら生活ができません。ただ、勤務の時間が14:00から23:00でしたので、自宅に戻って24:00くらい。朝の6時に起きれば、だいたい7:00から12:00くらいまでは自由な時間がありましたので、学生時代の友人に相談したところ、お弁当の配達のアルバイトを紹介してくれました。

当時の時給は今とは考えられないほど低く、450円が相場でしたが、500円くらいは出してもらいました。ホテルの出勤前の5時間、2,500円×26日で約65,000円の副収入+本業約100,000円でなんとか生活が保てました。現在の方達は初任給はいいみたいですね。昇給は緩やかなようですが・・・。

しかしながら、ホテルの休みに料理の勉強とワインの勉強をしたので、同期の人間達との付き合い(飲み会)などは殆ど参加できず、付き合いの悪い奴という印象があったようで、今でも昔の仲間からは、「おまえは付き合い悪いかったからなぁ!」と言われます。

話は戻って、配属されたレストランは山下公園を見おろし、氷川丸が見える絶好のロケーションでしたので、毎日満席、さながら戦場のようでした。スタッフは笑顔で応対はするもののイライラ感を隠せず、明らかに顔に出ていました。そんなイライラの職場でしたので、ストレスも溜まり放題のスタッフが多かったのも事実です。

また、この頃は、都内の一流ホテルのダイニングもそうですが、スタッフは男性のみで女性はいませんでした。入口にはタキシードや燕尾服を着た支配人かマネージャーが立ち、ゲストを案内したら黒服が対応します。ウエーターはモンキーコートやベストを着ています。いわゆる男性社会ですね。

私の配属されたところはその典型で、男性のみ、ストレス満載のオーラがでていますし、ウエーターの合言葉は「気合・根性・挨拶」でした。今では考えられませんが、パワハラ当たり前、何かミスをしようものならば容赦なく、蹴りを入れられましたし、シェフには「ウエーターなんか人間じゃない!」とまでいわれましたよ~。(今こんなこと言ったら完全なパワハラですから・・・注意しましょう!)

また、同期入社で同じ配属になった同僚は、遅刻を頻繁にしていたので、パントリー(レストランの裏)で、先輩からチョーパン(頭突き)をくらっていました。(どんな職場?)私は、髪型が上手にまとめられなかったので、毎日、先輩方にデップを塗り捲られて半分遊ばれていました。

あるとき、頭にきたのでパンチパーマにしたら、「おっ!かっこいいね!俺もやろう!」と言って3人の先輩が同じ週にパンチパーマをかけてきました。リーゼントの先輩もいました。マネージャーは苦笑いしていましたが、アシスタントマネージャーに呼ばれ「お前のせいでここのレストランは東南アジアのホテルになってしまった!馬鹿野郎!」と言われました。(笑)

貧乏で、暴力ありで、男くささ満載の職場。古き良き時代。もちろん、勉強もしましたよ!50歳を過ぎた今、新入社員や若いスタッフが一生懸命に、try and errorを重ねながら仕事に取り組んでいる姿を見ると、30年も前の「学ぶことが楽しくって仕方なかったこと、ホテルと言うサービス業が面白くってたまらなかったこと、貧乏でも必死で充実していた日々のこと。」を懐旧の念をも感じながら思い出すのです。これからも決して忘れることのない意気衝天の20代、大切に温めて、老いて?益々、意気軒昂となる私の礎なのです。

by ハーヴィ

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